奨学金じゃなくて「学資ローン」と言おう。子供のために。

「奨学金」という言葉の使い方がテーマである。

「奨学金」は、返済義務のない金銭の授与の場合に限定して、使うべきである。

たとえば、県民会等の機関が、成績上位者へ行う金銭援助である。

卒業後に支払わなくてもいいのなら、「奨学金」と素直に語ってもよい。

なぜなら、奨学金の受取人に、直接的な金融リスクはないからである。

言うなれば、卒業後の就職に失敗しても、学業・研究がぱっとしなくても、本人に実害はないからである。(道義的な責任はあるが。)

対して、返済義務のある「奨学金」については、取扱いや意識を大きく変えておかねばならない。

一般的に言われる奨学金は、実質、「学資ローン」であるからだ。

多くの奨学金は、返済義務のある借金である。

まだましなのは、育英会の1種の「学資ローン」である。無利息なので、返済はきつくない。

しかし、利息が付く2種の「学資ローン」となると、一気に返済額は増える。

かつ、返済が滞れば延滞金も付く。主に10%台である。

育英会以外の「学資ローン」も、似たり寄ったりである。

「学生」じゃなくなれば、「大人」であるから、返済が滞れば、容赦なく延滞金は加算される。

過去のように、賃金が右肩上がりの時代ではない。それどころか、下がってる。

かつ、雇用情勢も厳しいとしかいいようがない。卒業して支払いを終えるまで、その会社に「居られる」のが確定しているわけでもない。会社が「残っている」わけでもない。

雇用も賃金も厳しい。失業=即、支払い苦になりかねない。

100万から多くて500万円近い借金をしてまで、「上位の学校」に行くものなのか、つくづく考えないと、卒業後に金融的に死ぬことになる。

行く学部/学科/学校も、念入りに検討を重ねないと、卒業後に職に就けないだけで、金融的に死ぬことになる。

こどもの可能性を開花させるとか、人生の選択肢を増やすためなんて、甘っちょろいことを言って「学資ローン」で大学に行かせると、逆にこどもを殺すことになる。

教育も投資である。

親子ともども、軽々しく「奨学金」などといわず、「学資ローン」といって、借金・負債意識を高めておかないといけない。

かちかち山の狸のように、背中が燃えているのが、実質借金の「学資ローン」なのだ。

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