配当・配当利回り・配当性向・配当率

サマリー

「配当」は、ぱっと見は単純なものに見えても、考えていくと意外な深さがある。「配当」と名の付く指標は、配当利回り・配当性向・配当率と3つある。当ページでは、それぞれが何なのかを見ていく。最後に、配当の注意事項がある。配当への理解から、投資家のレベルは計られるだろう。

「配当」とは?

配当とは、株主に「利益」が還元されることをいう。

ほとんどのケースでは、「利益の一部」が、配当金となる。

本来的に、「配当」というのは、「当期純利益」のすべてである。なぜなら、企業の所有者は株主であるから、当然、企業がその年に稼いだものについても、所有権が及んでしかるべきものなのである。

つまり、配当として株主に「当期純利益」のすべてを還元してもよいのである。

しかし、株主としては、「当期純利益」がすべて返ってきたら、今度はまた、新たなる投資先を探さねばならなくなる。めんどくさい。

企業を経営する側も、「当期純利益」としてすべてを株主に還元してしまうと、新たな成長のための資金をどこからか引っ張ってこなければならない。めんどくさい。

てなわけで、両者の利害が一致する。

株主は、「当期純利益」のすべてを還元されても困るわけで、再度、企業の経営者に「再委託」することになる。これを、「再投資」という。

企業の経営者は、手元に残った「当期純利益」を、より多くの利益の確保のために、使うことになる。

以上が、配当の基本的な流れかと考える。

だけど、以上のことは形骸化していて、大半の「配当」は、過去の踏襲というか前例と言うか、なぜ配当金の金額が「そう」なったのかの説明はまず、されない。

配当はなぜその金額なのか。理由は決まっていない。

ちょっとぐらい返してくれてもいいんじゃない、という株主の感情的な理由もあろう。

当然のことながら、「利息分」にあたる額は支払わねばならない、という認識もある。たとえば、金を借りて投資をしている人だっている。銀行やら保険会社である。彼らの調達資本分の利息は支払うべきという主張も頷ける。

ま、こんな風な思惑が入り込んでくるから、ますます「配当」がこんがらがってくる。

だから、配当=株を買ったら付いてくるおまけ、という認識になってしまうのであった。

・裏の配当・内部留保

しかし、投資家として重要なのは、配当の金額や率ではなくて、「配当の裏」である「再投資」される部分(内部留保)の方である。

再投資されるだけの価値がその企業・事業にあるのか、再投資がうまくできる経営者なのか、再投資された分はきちんと回収されて、新たな利益を生み出しているのか、こうした企業の「本質」が見えてくるのが、「配当の裏」である。

バフェットは、配当にまわされない「再投資」の分の成長率が、リスクゼロ債券の国債利率よりも劣るようなら、再投資せずに、株主に配当として還元するよう述べている。極めて正論である。

儲かるから再投資するのであって、他に儲かるものがあるなら、そちらにまわすべきなのである。

つまり、経営者側は、配当されない当期純利益、つまり「再投資」分や「配当の裏」がどうなったか、どんな結果に、どんな数字になったのかの、説明責任があるのである。

配当する企業がいいのではない。高配当の企業がいいのでもない。

要は、これからも積み上がっていくだろう「当期純利益」が、どのように『運用』されているのか、効率よく使われているのか、誠実な投資になっているかが、「配当」を考える上で、大事なことかと思われる。

バフェットのバークシャーをはじめ、Googleなどの企業は、配当を出していない。が、優良企業である。ぐんぐん業績が伸びているからで、再投資するだけの価値がある、というわけである。

つまり、配当をしない正当な理由があるのであった。

株主の人は一度、株主総会にて、配当金額がなぜ「その額」になったのか、そして、再投資される内部留保分がどうなるのか、その見通しを質問してみるとよいだろう。

・配当は、利息や利払いではない

株主とは、言うまでもなく、株を買った人・株を持っている人のことをいう。

配当は、「利息」と考えがちであるが、内実は全く違う。また、株を買ったら付いてくる「おまけ」でもない。

企業の側に立つと、「利息」と「配当」はともに、企業から現金が外に流れ出ることである。

しかし、「流れる」理由は全く違う。「利息・利払い」は、金を借りた人に支払うものであるが、「配当」は、企業に出資した人に支払うものである。

利息・利払いは「負債」のお話で、配当は「資本」のお話であることを、重々知っておかねばならない。

賢明な投資家としては、配当を「株を買ったらついてくるおまけ」という認識ではダメだろう。

かの名ファンドマネージャーのピーター・リンチは、「配当と弁当の区別も付かないのに」という名言を残している。

蓋し、『配当』という存在については、よくよく考えておくべきかと思う。そこで、投資のやり方も変わってくるだろう。

・「配当利回り」とは?

「配当利回り」とは、株価に対する配当の割合を示す指標。1株当たりの配当金額を、株価で割って算出する。

たとえば、株価が1000円で、配当が年50円であった場合、配当利回り5%(50円÷1,000円)となる。

「利回り」となっているのは、分母の株価が変動するからである。

つまり、株価が1000円のときに買うときもあれば、900円のとき、700円のときに、買うこともある。逆に、1100円のときに買うこともある。

最終的な計算(自身の決算)は、全体を通して得た配当総額を、トータルの取得金額で割ることになる。だから、「利回り」の方が使われるのである。

先も言ったように、分母である株価は変動する。株価が高くなれば分母が大きくなるから、「配当利回り」は低くなる。

逆に、株価が安くなれば分母が小さくなるから、「配当利回り」は高くなる。

株価が安くなるのは、主に業績の悪化が原因であるから、「配当利回り」は高くなったからといって、喜んでもいられない。

配当のみで長期的に儲けたいというのであれば、過去の配当実績と負債の推移、利益の多寡を調べて、安全性さえ確かめておけばよい。なぜなら、株価の差額で儲ける「意図」がないからで、株価はあまり意味がなくなる。

「過去」は、グレアム先生に倣って、10年・7年・5年の期間に分けて、見ていけばいいだろう。

しかし、株を売り買いして儲けるつもりであるなら、利益の部分に特に着目して、高値つかみをしない、成長性の余地を見積もるなどの作業が必要となるだろう。

・「配当性向」とは?

「配当性向」は、基本、財務分析や証券分析の際に用いられる指標である。

先の「配当利回り」とは、全く異質の場所で語られる指標なので、カチリと意識を切り替えると脳内混乱が起きない。

すべての配当金額を、当期純利益で割って算出する。ちなみに、「性向」とは「傾向」のことをいう。

儲かったもののうち、どのくらいを株主に還元するかを、百分率で表したものである。配当支払率とも呼ばれるらしい。

先も言ったように、「配当性向」が高いから株主志向の「よい企業」というわけでもない。

また、「配当性向」が低いから、株主のことを考えない「悪い企業」になるわけでもない。ぶっちゃけ言えば、悪いと思うなら売ればいい。そのための「流動性」である。

だから、「配当性向」の数字を1つ持ってきて、どうこう言えるものではない。

「配当性向」のよしあしは、その企業の経営環境や市場の成長率など、多くの前提と数字の元で取り扱われる。

成長性がないのに、成長してないのに、「元は株主のものである純利益」を企業内に溜め込むのは、よくない企業であろう。

逆に、成長の余地がたくさんあったり、競争が激化していたりするのに、配当で現金を企業外にばんばん垂れ流している企業は、よくない企業であろう。

・「配当率」とは?

「配当率」は、別名、「株主資本配当率」とも呼ばれる。

「配当金総額」を「株主資本」で割って算出する。または、配当性向に株主資本利益率をかけて算出する。

先の「配当性向」と、よく似ている。が、実際の投資を踏まえると、「配当性向」は不便なことが多いのである。

それは、「当期純利益」は、かなり大きく変動するからである。要するに、赤字のときはどうするんだい?というわけ。

赤字のときにも、企業は配当を支払うことがある。

「赤字」の原因にもいろいろある。赤字(当期純損失)が一時的なものであって、来期は回復すると予想できるなら、「信用」と「体面」、そして、経営者側の「保身」のためにも、配当を支払う「経営判断」は妥当であろう。

赤字なのに配当を支払う際に、「配当性向」で計算しても、意味のない数字しかでてこない。

そこで、内部留保の合計である「株主資本」から、「配当」の還元率を見ようというわけである。

さすがに、上場している企業なら、「株主資本」がないところもないだろうし、あっても少数であるし、「株主資本」が毀損していたら「配当」を出すどころじゃないだろう。

投資家にしても、そんな企業に投資してどうすんの、といった塩梅だ。

まとめれば、「配当性向」と「配当率」は、同じものを志向している。

「配当性向」は、短期の点から還元率を見る。なぜなら、その「当期」の純利益で計算するから。

「配当率」は、長期の点から還元率を見る。なぜなら、「これまでの純利益」が合算された「株主資本」で計算するからである。

・株主優待に釣られてはならない

金銭の配当以外に、企業によっては、自社製品や物・サービスを、「配当」として還元するところがある。「株主優待」である。

しかし、株主優待は、株を買う理由には、決してならない。

かつて、「グローバリー」という商品先物の会社があった。

配当の額もまあまあであったのだが、特異な「株主優待」があったのである。それは、「金貨」が付いてくるのだ。

優待の金貨を込みで計算すると、実に割りのよい銘柄だったのである。しかし、かの会社は倒産して、今はない。

株券は紙くずとなった。上場以来の配当と株主優待を合わせても、その損失は補えないだろう。

かつて、「日本航空」という会社があった。

この会社の優待も魅力があった。航空券が付いてくるのである。金券屋で売ると、まあまあの額になったのである。

しかし、現在は再建中である。株券は紙くずとなっている。全配当と株主優待とを合わせても、その損失は補えないだろう。

「おまけ」で喜んでいいのは、子供のときだけである。

大人は、「おまけ」が何のためにあるのか、その理由を知ろうとするものである。

配当の原資は、「利益」である。その「利益」がどうなっているのか、どう算出されているのか、である。

利益あっての配当であり、投資であるとしか言いようがない。

「おまけ」は実に魅力的である。魅力的だから「おまけ」たりうるのだ。しかしながら、いっそのこと、投資においては、株主優待は無視すべきかと思われる。

株主優待は、得をするよりも、損をする方が多い。