フェイスブックのように、ユーザー数の増減だけでは、市場の評価にならない

まずは初めに結論を。一口で言うと。まとめ。要旨。

市場の評価というのは、徹底して、その企業の利益に注がれる。フェイスブックのように、ユーザー数の多さなど、そこから利益が出てなければ評価されない。収益の裏づけなき投資は、危険であるということ。

CEOを代えよとまで言われているフェイスブックであるが、とどのつまり、「ユーザー」の人数や伸び率や利用時間だけでは、市場は評価しないということである。

事業の中核の「数字」でさえ、売上なり収益の裏づけがなければ評価されないのならば、「CEO」の属人事項など、もっと評価にならない。

ハーバード大学中退、ギリシア系の顔立ちをした若者、賢くてジーニアスな青年、IT企業の経営者・ソーシャルネットワークの運営者。

こんな単語が並んでも、もやは、それらは「評価外」ということである。

市場が評価するのは1点である。

そう、「儲け」である。「マネタイズ」である。「利益・利益・利益」である。

それらしか「ない」といってもいいだろう。逆に言えば、「それ」以外を重視しているときは、危険であるということだ。

つくづく、フェイスブック株は、人気が超先行した株であったように思う。

映画もヒットした。先に言ったように「CEO」もマスコミ受けしやすい材料を有していた。

これらのことがらせん状に絡まって、フェイスブックは、実体以上の「人気」を生んだように思われる。

もちろん、フェイスブックのほかに、目だった企業のIPOがなかったのも、そして、フェイスブックのIPOが遅れに遅れたのも、人気加熱の原因ではあったろう。

しかし、「人気」は、収益を生まないのであった。

ところで、これからも、「新興の企業」をいうものは出てくる。

問題は、それらをどう評価するか、である。

『○○の利用者のうち、○○%のシェア率です』だけでは、投資においては、話にならない。

そのシェア占有から、どれだけ利益を生み出しているか、である。

シェアトップ/シェア優勢というのは、実にマスコミ受けしやすい。つまり、報道しやすい、記事にしやすいということである。

それは「投資」においても、重要な数字ではあるが、妄信してはいけない。

「儲け」「マネタイズ」「利益・利益・利益」である。

逆を言えば、「利益が出ていない」からこそ、「シェア」や「ユーザー数」や「利用時間」という点で、その企業を語るわけである。