フェイスブックは社会関係資本という名のインフラ

なんで、フェイスブックに過度の期待を抱いているかというと、フェイスブックは「インフラ」に近いものがあると考えているからだ。

ま、有体に言えば、バフェットが電力会社やパイプライン会社、その他、鉄道といった公益事業に投資をしているので、それに「倣う」わけである。

しかし、既存の「公益事業」や「インフラ事業」では、「うまみが少ない」し「よくわからない」ので、わたしがわかりそうな「投資先」を探しているわけである。

ほいで、「フェイスブック」にたどりついたわけである。

わたしは、フェイスブックにはまっているわけでもないし、ヘビーユーザーでもない。アカウントを作って半放置している種類の「利用者」である。

SNSに情熱を傾けるには、少し歳を取りすぎた。

これまでの社会は、小学校の時の連れのあいつ、今頃どうなってるんだろうな?で酒の肴くらいが「人間関係の過去」だった。

しかし、今からはそうではないわけで、「小学校のときにフェイスブックで繋がった人」と、これからも生きていくことになる。

そして、リアルだけでなく、ネットを介しても、「自分というもの」を作り上げていくだろう。

ネットの交流なんて、と思うかもしれないが、これが意外に、「記憶に残って人生の足し」になるものである。

意が伝わり合えれば、交流にネットもリアルもない。

リアルなら交流になるわけでない。隣で寝ている人の顔を見ればわかるだろう。

ま、こんなわけで、「フェイスブック」は社会インフラ、かっこよく言うと社会関係資本なわけで、第2の電車、ガス会社、電力会社になるだろうなと踏むわたしなのである。

まあ、フェイスブック子ども版みたいなサービスが提供されるかもだが、これからの「人」はまず、リアルの人間関係とともに、ネットの人間関係と一緒に生きていくわけである。

こういうのを、「社会関係資本」というらしい。

人との付き合い方は、SNSの存在が前提になるにつれ、大きく変わる。

フェイスブックは、第2第3の公益事業的なものになると、わたしは踏む。これからの人間は、電気やガスと等しく同じように、ネットで繋がった人と人との社会関係を消費していくであろう。

そこに巨大な『意味』を見出さずにはいられないのである。

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