・確定利付証券の選択(続)

グレアム著「証券分析」の第2部第7章「確定利付証券の選択(続)」についての雑考。

Section− U.第二の原則−債券は不況期に購入する
 「不況期にも耐え得るもの」が、「安全な投資」なのは、言うまでも無いことです。では、どのくらい不況に耐えられるかが問題となってきます。

 グレアムは、こう述べています。

「不況に耐えうる企業など存在しない」、と。

 世の投資家は、その企業なら収益が落ち込まないだろう、その債券の安全余裕度は高いから(親会社の保証が付いているから)といった理由で債券を買うわけですが、間違っていると述べます。

 たとえ、公益企業であれ、強固な経営基盤を備えていようとも、不況になれば収益はどんな企業でも落ち込むわけです。

 「債券投資においては、不況に耐えうる企業と耐えられない企業を区別するのではなく、その債券が大幅に下落するか、それとも軽微な落ち込みで済むのかといった観点から発行会社を見るべきである」とグレアムは述べます。

 不況に耐えられても債券価格が下落してしまえば元も子もないわけで、収益力の高さと経営基盤の強さから見ていかねばならないというわけです。

 個人的には、「大幅に下落するか、それとも軽微な落ち込みで済む」という点に惹かれるものがあります。好・不況の波は常にあるわけで、問題は不況時にどれだけ下げ止まるかという観点から、投資を考えたほうが安全であると思うわけです。

 いいときは値が高くつくけど、不況になれば一気に値下がる産業・業種・企業というのは、安定した投資対象にはならないと考えます。有名な企業であっても、不況になればどうにもならなくなる企業というのは、回避すべきですね。「茎と葉を見るのではなく、根を見よ」です。

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・1931年〜1933年における公益事業債の安全性の崩壊

 債券投資の投資慣行としては、発行先企業の産業の特質から検討されるのが大半です。

 常識的に、突然、新興産業の新興企業の債券は求めないでしょう。確実なリターンを求める債券投資の場合は、安全性の高い業界の債券を求めるものです。

とはいえ、安全といわれる業界といえども、そうではないことをグレアムは述べています。

 本書では、「1931年〜1933年における公益事業債の安全性の崩壊」という単元にて語られています。詳細は読んでもらう事にして、かいつまむと、安全といわれている公益事業債は、「不況から身を守る投資家の保護力の程度は並の不況までで、大恐慌レベルの不況となればなす術もない」と述べます。

 以下、どうしてそうなるのかを述べて行くのですが、やはり、債券投資といえども、そして、投資先が公益事業という安全且つ安定性の高い業種であるといえども、ラベルのみを見て詳細を検討しない投資は危ないことを述べています。

 ひとつ目の教訓として、公益事業会社の債券発行による過大な債務が、大恐慌レベルの不況に抵抗できないと述べます。

 大恐慌時に債券すら大幅に下落したのは、「収益の悪化よるものではなく、並みの不況にも耐えられないほど限度を超えた債務」によって生じた」と述べています。

 大恐慌時に債券価格が暴落した企業は、無謀な資金調達を行っており、産業そのものの本来的な弱さではなかったわけです。グレアムは、「安全な公益事業債の投資原則は、1931〜1933年の経験に照らしても大きく損なわれるものはない」と〆ています。

 電気・ガス・電話といった公益事業に従事する企業とはいえ、その発行先の企業がどうなっているかを丹念に見ることが大切なのです。何度も同じ趣旨のことが言われていますが、単なるラベルで「投資」を決めてはいけないというわけです。

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・過信された鉄道会社の収益の安定性

 まずは、しっかりとタイトルを読まないといけないと思います。

 現在にあっては、鉄道会社は安定して優秀なビジネスとなっていますが、時代の「花形」とはいえないでしょう。

 しかし、かつては、ビジネスの中で大輪中の大輪であったわけで、この点、タイトルを「過信された(現在の花形会社)の収益の安定性」と読み替えても、良いかと思います。

 グレアムは1929年以降の鉄道債の暴落は、投資家の運送業への過信が主たる原因であったと見ています。多くの投資家は、経営状況が変化し、債券の安全性は低くなっているにもかかわらず、花形産業をおおらかに「安全」と見積もっていたわけです。

 「そうでなければ、強固な経営基盤の一部の鉄道債にしか投資しなかったであろう」とグレアムは述べます。そして、「過去の経験から未来の手がかりを汲み取るためにも、われわれは不況期に鉄道債を購入するときには平時以上の安全余裕率をとるよう肝に銘じるべきである」と〆ています。

 本文中では、金融費用(支払い利息など)に対して2.5倍以上の収益のある鉄道会社を「不況期でも比較的に値を保っていた」会社を挙げ、こうした安全余裕度の高い鉄道会社を選ぶべきと述べます。

 わたしはこれを受けて、どのような花形ビジネスにおいても、華やかさや喧伝に目を奪われることなく、会社のひとつひとつを見て行くべきであると思いました。業界は必ずしもその企業の保証にはなりませんし、ある企業がその業界の全てを語るわけでもありません。

 企業を見るときはどうしても業界のバイアスがかかってしまいます。たとえば、今、製糖会社を見ようとるするときは、どうしても衰退寡占無風といった業界イメージが付きまといますが、そんなことはないステキな企業はあるものです。逆もまた真で、いくら時代にもてはやされている業界であっても、ダメなところはたくさんあるわけです。

 昔から、バイアス・ラベリング・見る目を塞ぐもの・視界を防ぐ霧や靄・気を逸らす記事で、ババを掴む投資家はいたということ、そして、将来的に自分もそうなるかもしれないことを意識の片隅に置いておくべきだと思いました。

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・不安定な工業会社の収益

 グレアムは当節で、工業債の暴落の特異な点を指摘しています。「工業債は、公益事業債のような不安定な財務体質のためでなく、また鉄道債場合のように投資家が必要とされる十分な安全余裕度を取り間違ったためでもない」と。

 暴落した原因は、工業債の先行き不安にあったとグレアムは言います。工業会社の収益が急激に落ち込むのはいいとして、問題は、再び収益が持ち直せるかどうかが大いに疑問視されていたわけです。

 工業会社の利益は、不景気の風に吹かれると、連鎖的にあっという間に落ち込みます。数年前には史上最大益を計上したのに、いつのまにやら上場来最大の赤字を計上するケースは珍しくありません。

 1929年の大恐慌以降、長引く大不況は、「各社の業績の落ち込みは常に一時的なもので、投資家は業績の急回復を期待してそれらの会社の債券を保有していればいつも報われてきた」という、投資家の昔ながらのスタンスを粉々にしてしまったわけです。

 グレアムは工業会社の債券について、「長期の不況による営業損失の拡大に対しては、好況期における十分な安全余裕度でさえも有効にならないという教訓を得た」と述べています。

 つまり、平常時の基準を厳しくしただけでは、工業債の問題には根本的に太刀打ちできないと喝破しているわけです。

 グレアムのこの言を以って、一度、ご自身のポートフォリオを見直してみるのが賢明であるかと思います。昨今の工業会社の株価・純利益の落ち込みを見ても、やはり、例外はないと思わざるを得ないのです。

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・投資適格基準を維持できない工業債

 この節にて、記憶に残しておいても良い数字が出てきます。

 それは、1932〜33年の大恐慌の間において、高い信用核付けを誇っていた企業数です。当時、ニューヨーク証券取引所上場されていた工業債の企業200社以上のうち、高い信用を維持できたのは、「18社」に過ぎなかったとグレアムは述べています。

 つまりは、9%の企業しか、不況下では耐えられなかったのです。

 グレアムは、こう述べています。それら高評価を維持できた企業は、「それぞれの産業で代表的な会社」であり、「会社の規模が大きくて」不況下においても好業績を上げることができた、と。

 ここにも、バフェットがグレアムの良い生徒であったことを窺い知ることができるのではないかと思います。

 バフェットの投資のやり方を、「フォーカス投資」と名づけた人がいますが、なぜ、投資先企業を絞りに絞るのかと言えば、1割くらいしか生き残れないというグレアムの教えではないかと思います。

 日本の証券取引所には、数限りなく企業が上場されています。中には手数料欲しさに上場されたような投資に値しない企業、公から資金を集めるには適さない会社がたくさんあります。

 こうした企業群を見るにつけ、「不況下に評価を維持できるのは1割もない」という教訓を常に頭の片隅におきつつ、数字データ資料を好都合に解釈しないようにすべきであると思います。

 さて、当節では、面白い表現があるので抜書きしておきたく思います。それは、「甘味料を付与した債券」という言葉です。

 グレアムは当節にて、中小工業会社の債券が当てにならないことを力説しています。「1922〜29年の好況下においても、中小工業会社の債券は信頼に値するものではなかった」、「ずっと維持してきた収益力が突然落ち込んできた」などなどの表現です。

 中小工業会社の経営基盤の弱さが、転換社債やワラント債といった「甘味料」を付けてでも資金調達したかった理由であると、グレアムは喝破しています。

 「利益分配の甘味料を使わなければならないという、事実1つとってしても、中小工業会社の債券は確定利付証券としての資格を持たないという我々の考えを裏付けている」といって、グレアムはこの節を〆ております。

 また、グレアムは、次節にて、「劣後債」を買うなとも言っています。

 いくら買うものがないからといって、安物買いの銭失いをするなというわけです。高いインカムがあるからと、リスクの高い債券を買っても、結果的には何の利益にもならないことを、これまでたくさんの例を以って見てきました。

 「投資家は、多少利回りを犠牲にしても、自らの厳しい基準に合致した証券だけを選択すべきである」

 本当にそう思います。安全性を犠牲にしてはならない、ただそれだけのなのですが、何度も何回も肝に銘じておくべきことです。

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・債券発行のふたつの見方

 債券の発行には、ふたつの相反する見解がある、とグレアムは述べています。

 その1つは、「債券を発行するのは、その企業の財務力が弱いからであり、そうであるなら、そうした企業が長期の債券債務を持つのは望ましくない」という見解です。

 確かにそういえます。有体にいうなら、仕事に安定していない低収入の人が、住宅ローンを抱えるのは危険であるというわけです。確かに、貸し手・借り手にとって望ましくはありません。

 もう1つの見解は、「企業が株式発行によって資金を調達できないのであれば、債券を発行して資金を調達するのは、むしろ妥当な手段である」というのです。

 確かにそうもいえます。例えば、相応の利益が見込まれるビジネスチャンスがあるのなら、指をくわえて見過ごすよりも、どこぞで資金を調達してきて事業を展開するのは、資本主義の精神を体現しているといえましょう。確かにそうです。

 しかし、グレアムは、このふたつの見解は、どちらも誤っていると述べます。その1の方で債券が発行されるなら、我々投資家は、安全な企業の債券を購入できないことになってしまいます。その2では、株式発行もできない経営基盤の弱い企業の債券を買うことになってしまいます。

 これらふたつの見解に従えば、企業が発行する債券は、財務が脆弱で信用に値しない債券となるため、投資家はそっぽを向かざるを得ないというわけです。

 では、グレアムは企業が債券を発行することをどのように見ているのでしょうか。そのキーは、やはり「利益」の存在です。

 長期の債券たる債券の発行は、「繁栄する企業」にとって意味のあるものと言うのです。その理由は、発行する会社が、株主資本の保有者以外の資金を使って、債券の利息以上の利益を上げることができるのであれば、その差額の分だけ、株主資本の持ち主にも資するというわけなのです。

 「企業がそうした資金(長期債務たる債券)の借り入れをどのような状況下でも安全に返済できる水準に抑えていれば、企業と投資家の双方にとっても望ましい」と述べています。要するに、債券発行が適切な水準にあるのなら、事業へのよい「てこ入れ」になるというわけです。

 であれば、てこ入れによって今まで以上に利益を得る発行先企業と、その新たに生まれる利益から金融費用として利息・利子を得る債券投資家の間に利害の対立はないというわけです。もちろん、新たなる利益を得ることとなる、株主資本の持ち主にとっても悪い話でもありません。

 しかし、グレアムはまた、このような注意を喚起しています。

「一方、ある企業が気乗りのしないまま債券を発行したり、発行せざるを得ないような事情があるような場合は、そうした事態そのものが、その企業の発行する債券が2流であることを示している。投資家は、そうした債券をインカムゲインを目的として絶対に購入してはならない。

 ま、そのとおりですね。「賢明な投資家」であるためには、やってはいけないことでしょう。また、もし、投機家であるのなら、債券といったしみたれたものではなく、それ以上に利の出そうな2流の株式を買ってキャピタルゲインを狙うべきであると、グレアムなら言いそうです。ま、どうぞご自由にといったところでしょう。

 さて、債券の発行を、明確に「繁栄する企業」に見据えて述べている点が、バフェットの先生であるグレアムらしく思います。企業の債券発行においても、基本は、事業が好調で利益が出ているかどうか、なのです。

バフェットの「利益・利益・利益論」は、こうしたことからも引き出されたのかもしれないと思いました。

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・結論

「株式の発行が(これ以上)できない企業の債券は買わない。」
→言い換えれば、そんな企業にお金を貸してはならない。

「投資家としては優良な債券が無いからといって二流会社の債券を購入すべきではなく、自らの投資基準に見合った適当な債券が入手できなければ債券投資そのものを手控えた方がよい」
→全部の投資金を使うな。

「少し高い利回りの二流債券を購入して元本を失うリスクを犯すよりは、優良債券の低い利回りで満足すべきである」
→YES.そのままである。

「昔から不況抵抗力のある債券を購入するのは、昔から言われてきた投資原則のひとつである」
→現在もそうであろう。問題は、不況下での収益力をどう見るかである。
 

 資本力の大きい電力会社・ガス会社の債券は大恐慌時でも満足な価格を維持してきた。収益性の高い鉄道会社も然り。しかし、工業債は目を見張る業績を上げていた企業ですら当てにならず、中小企業の債券は壊滅した。

∴投資家は工業債の購入に当たっては、@会社の規模、A支払利息を十分に賄える収益力の2つの基準を厳密に適用すべきである。

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 「大きな事業規模で自己資本率が高く、また、株式の発行と債券の発行のふたつの資金調達が可能な企業で、不況に左右されない営業基盤を持ち、不況下でも持ちこたえられる十分な財務基盤を有している。」

 こうした会社が、「賢明な投資」に値する投資先企業となるのではないかと思います。あとは買う値段が問題です。ここもクリアしなければ、賢明な投資にはならないです。

 さて、 上記の逆を考えて見ましょう。

 株式の新規発行(増資)もできない企業が、債券(社債)を発行しているときがある。

 全部のカネを何かで運用しないときが済まない人がいる。全部のカネを突っ込む人がいる。「損」なことをしてはいけない。

 二流の債券を買うと、毎月多くの利息は受け取れるが、全部を失うときがある。一流の債券は儲けは薄いが、元本はまず帰ってくる。

 不況に弱い企業の債券(株式)を買ってはならない。昔からそういわれている投資原則である。ほとんどではあるが。

 勉強になりました、グレアム先生!

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 SectionV.第 三の原則
 −利回りのために元本の安全性を犠牲にしてはならない
 

 債券の利息・利子率について、どう考えるかがこの節でのテーマです。

 グレアムは前提として、伝統的な債券の利子率について言及します。

 利子率は伝統的に、以下の2つを元に決められてきた、とグレアムは言います。ひとつ目は純粋な利息分である「純粋利子」と、ふたつ目は、し倒れに備えて付与される「保険料」の2つである。

 消費者金融などの金利が高いのは、儲けると言うよりも、貸し倒れの可能性が高いからこそ、貸し倒れに備えて保険料の分をも加えた金利としている、というわけです。リスクプレミアムというものです。

 (言ってしまえば、夜逃げするとか払えなくなると言った危険が高い人に貸すからこそ高金利なのであって、高金利=信用がないと見られているわけですね。CMに騙されないこと。日本国債は長らく1%台ですね。)

 さて、利子とは、元本の安全性を確保するための一種の保険料と考えられてきたわけです。そういわれれば、そうもいえます。

 しかし、グレアムは、保険数理から引き出される保険料率と、債券の利子率を同列に見るのは全くダメだと断言します。「実際上、全く無意味である」とさえ言い切ります。

 というのも、生命保険や火災保険、傷害保険といった保険の保険料の計算においては、因果関係や統計、数学的計算によって、かなり正確なリスクが予想できるのに対し債券は人気によって左右されるためです。

 確かに、80歳、90歳になれば病気に罹りやすいでしょうし、怪我もしやすく、身罷る可能性は明らかに高いでしょう。家屋の火災も、鉄筋コンクリートと木造とでは、築年数の統計を取れば、まあ、どのくらいの頻度の火事が起こるかなどは、数学的に計算できることでしょう。

 しかし債券は、いってしまえば、全く安全であるにもかかわらず、大きく値段が変動することもあり、リスク計算どおりにならないというのです。

 また、債券の価格が変動するのは、得てして不況下であり、不況下に集中するとグレアムは述べます。

 つまり、債券のリスクは全期間に渡って平均的に存在するのではなく、ごく一部の不況下にのみリスクが集中しており、保険のように全期間に渡るリスクを勘案した上で決められる保険料の計算とは、性質が異なると言及します。

 グレアムは、「通常の投資リスクは生命保険や火災保険などにおける例外的または予測不能な時代である大火災や流行病などに似ている」と指摘しています。

 保険のもともとは、財産を守りたいからこそ、わずかな保険料を支払うわけです。万が一何かあったときは、保険契約に応じて、全部または一部の損害が補填されるでしょう。支払う側の保険会社は、それでもペイできるように計算した保険料を受け取ってきたわけです。万が一の事故がおきても相互に大丈夫なわけです。

 しかし、債券の利子に「保険料分」が加わった高い金利を受け取る場合を考えてみてください。個人投資家は、保険料に値する分のお金は手にできますが、その手にしたお金で、元本の安全性を確保できるのか?というわけです。できないですね。債券の数を多く増やせばできそうでもありますが、個人の域は超えられません。

 危なそうな会社の債券は高金利ですが、その高金利の分を保険料のように考えないように、とグレアムは言っています。保険料分の割り増し金利収入で元本の安全性が確保できない以上、保険でもなんでもないというわけです。

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「一般投資家は保険会社ではない」

 これがグレアムの言わんとする点です。個人投資家は保険会社の保険のように債券投資をしてはならないとグレアムの主張が続きます。

 年に一定の保険料を支払って利回りを高めるのに、元本を失うリスクを取るべきではないわけです。

 保険会社は、保険数理と数学的確率を元に、リスクのかなりをカバーできますし(そうでないと儲からないわけで、世に保険会社など存在しないでしょう)、定期的に準備金を積み立ててリスクに対処ができますが、投資家はそうではありません。

 グレアムは言います。債券をバランスよく組み合わせて、リスクを分散化ができなくもないが、不況下では総崩れになる。こうなってしまったら多少の高利回りなど吹き飛んでしまう、と。また、予想されるリスクを上回る利回りの債券は、投資に値するのかどうか警告を発しています。

 何のための債券投資なのか、普通株投資とどう違うのか?というわけです。至極当たり前のことだと思います。

 グレアムは、債券投資においては「リターンと元本損失のリスクは同じ基準では図れない」原則を提示します。実際的には、元本損失リスクを高い利回りで補うのではなく、元本の値上がりを以って埋め合わせよ、と述べます。ここで具体例として、額面よりかなり安くなっている債券を買う、有利な転換条件の付いた債券を買うなどを例示します。

 債券投資は、「数学上」の問題ではなく、その「心理的」な側面に留意しておく事が大事だとグレアムは言うのです。低位の債券を買う投資家はそのデフォルトのリスクも承知であろうし、そのリスクに応じた利益を得るために、正しく判断を下す筈です。そして、リスクを覚悟した投資家というのは、微々たるインカムゲインよりも元本そのものの値上がりを期待するものだ、とグレアムは看破しています。

 債券投資においては、数学的にリスクを計算し標準化・最適化されたリターン・リスクの関係を求めないように結論付けています。つまりは、高いリスクを抱えて高いインカムゲインを求めるような真似はするなというわけです。高い利回りを得たいのであれば元本の値上がりが期待できそうな債券を買うべきであり、インカムゲインは期待しないのが適切だと述べます。

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「一般の投資法とは反対のやり方」

 アメリカ1930年代の一般的な投資法がどのようなものか、よくわかりませんが、想像するに、インカムゲインを求めるあまりハイリスクの債券に手を出してしまうといったまさに一般的な投資法なのかなと思います。

 そこでグレアムは、それとは反対のやり方をするように述べています。つまり、最大限の安全性を確保したときの最低利回りを調べ、その次に理想的で魅力的な債券から譲歩していくと言った塩梅です。

 バフェットは株式投資の比較として米国債の利率を用いていますが、そういうことですね。ある株式を購入する際は、リスクゼロの債券である国債ならこれだけ儲かる事実を踏まえたうえで、リスクを引き受けつつそれを上回るメリットがどれだけあるかを計算します。両者の比較で、バフェットの投資決定は行われます。

 グレアムは念を押していますが、「投資家は投資対象となるすべての債券に適用する安全性の最低基準から出発するように」と述べてます。最低の基準を満たさないのならば、どれほど好業績であれ利率が高くとも、インカムゲインを求めるには不適格というわけです。 このインカムゲインという概念は、バフェットの投資には欠かせられないものかと思います。よくよく考えれば、実に面白い概念ですね。

 グレアムのまとめです。

「一般投資家はどうしてもその会社の業績や経営陣の能力などに目を向けがちである。。。しかし債券の選択はとは、本質的に、最上位の債券から何となくランクを下げていくよりも、明確な最低基準から上方にランクを上げていき投資対象を絞るべき」と締めています。

 「会社の業績や経営陣の能力など」も重要な要素ではあります。が、過信は本当に危険です。「○○さんが社長だから」といって投資判断をすることがいかに危険かは言うまでもないかと思います。

 いくら凄い人でも、社会経済上の変化を曲げることはできません。ダメはダメなのです。世で凄い人と言われる人は、凄いといわれる分野なり業界なりを上手に選んだ結果かと思います。能力は大事ですが、その能力ですべてが決まるわけでもなく、能力者といわれる人は、己の能力が1番よく発揮できる場を選んだ結果かと思います。

 例えば、いくら素晴らしい経営者でも、輸入品に押されるタオル会社をばしばしと成長させる事ができないのです。「素晴らしい経営者」となる人なら、もっと伸びる市場でその力を発揮させる事でしょう。いうなれば成長しきった市場を選ぶ時点で、凄い経営者ではないのです。

 個人的には再度、債券投資を通して、インカムゲインというものを把握できたように思いました。

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