・証券分析とそのアプローチ

グレアム著「証券分析」の第1章「証券分析とそのアプローチ」についての雑考。第1章では「投資と投機」などグレアムならではのトッピクが展開されます。

Section1−証券分析の役割と本質的価値
しょっぱなから、分析をについてこう定義を下しています。

「分析とは、入手可能な事実を詳細に検討し、確立された原則と有効な理論に従って、ある種の結論を引き出すことである」と。

科学の方法論とよく似てはいるが、そうすると法律や医学と同じ困難に直面すると筆者は述べていますが、要するに、同じ『医学−医者』、同じ『法律−弁護士』なのに、腕によって、果てには運によって結果が大きく変わるということです。

大恐慌の株価暴落は、アナリストにとってはそれほど大きな混乱はなかった、しかし、それに続いた実体経済の崩壊と企業収益の壊滅がアナリストを大混乱の渦中に投げ込んだのです。

目の前の市場を見て暴落するんじゃないかな、とは思うわけです。しかし、暴落後の影響がどれほどあるかを計るのは容易ではなく、またその影響の影響を読むのはむずかしいというわけです。

大暴落が今後ある可能性は少ないわけで、この大暴落を基準にこれからを考えてはいけないよ、とグレアムは述べます。

「分析を有効にさせる合理的な環境とそれを支える安定した価値があるか、最も基本的条件が成立しているかどうかです。

逆にいえば、政情が関係する企業(公共事業・その他規制産業)や、政治的に不安定な地域のよくわからない企業は避けるべし、分析の範疇を超えるというわけですね。

分析可能かどうか、まずはそこから考えるのが分析の第一歩であると。

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Section2−柔軟性

「アナリストの役割は、証券の実際の具体的価値を明らかにすることである」とグレアムは述べ、とりわけ「市場価格との差を発見すること」が重要であるといいます。

市場価格は、恣意的な価格操作や市場の心理的な雰囲気で値付けされています。こうした「価格」のみを見ないで、発行企業の資産や収益、配当や将来の業績見通しといった事実に裏づけられた「本質的な価値」をみるべきであると、彼の投資方法の方向性を示しているわけです。

本質的価値とは、これまで簿価で考えられてきましたが、簿価がそっくりそのまま企業の価値を反映しているわけではありません。「収益力」という考え方を踏まえる必要があるといいます。

しかし、この「収益」は実にとらえどころがない概念でもあります。収益が上下していれば、それだけで測定は難しくなります。そこでよく取られる手法が「平均」なのですが、平均したからといって意味のある数字になるかどうかは別だ、といっています。

40ページの事例は、「平均」がいかに恣意的または偶然的かを示しています。過去10年の平均収益が出されていますが、この数字は何も表していないのと同じです。

この事例から読み取らないといけないのは、「並べる」ということでしょう。バフェットのワークシートでは同じもの方法です。並べてみれば、その企業がどうなってきたかを目で理解することができます。

また、この並べるのも実によい分析になります。数字の基準を統一しないといけないので、財務諸表の数字の恣意的な部分、意図的にわかりにくくしている部分を読み取ることができるという塩梅です。

「平均」された数字はわかり易いようで、全くわからないものであることを憶えておけば、これからだまされることも少なくなるかと存じます。

「平均」がいかにわかりにくいか、グレアムの提示した辞令を眺めれば一目かと思います。

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簿価+収益力を踏まえてアナリストは、「本質的価値」を算出していくのですが、ここで「本質的価値は、正確さを求めるものではない」とグレアムは述べます。

その価値が妥当か、価値が価格を上回っているか、下回っているかのヒントさえつかめばよい、といっています。

その人が太っているかどうか体重計に乗せなくてもわかるし、女性の正確な年齢を聞かずとも投票できる年齢かどうかはわかればよいというわけです。

「おおまかな価値の範囲」さえ特定できればよい、本来的な価値に適用すべきは柔軟さであると述べています。

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Section−分析の障害

有効な初見分析を行うには、それなりの前提があります。P43からは、アナリストが有効な分析を引き出すための前提を述べています。

まず、十分で正確なデータが必要であると、グレアムは述べます。

「データが十分にあること」は、バフェットのワークシートにもありますようにに、最低限度、10年度分の財務諸表、有価証券報告書等のデータが必要となります。

バフェットのワークシートでは、10年分の指標を並べる分析を行っていますが、やはり数字は並べてみるものです。本書「証券分析」でも、様々の数字が並べられています。過去10年分の数字を並べるだけでも、多くのことがわかります。

さて「データの正確さ」についてですが、グレアムは面白いことをいっています。それは、、、

「。。。データの意図的な誤りはそれほど多くなく、不正確なデータの多くは会計処理に伴うものであり。。。」

「。。。有能なアナリストであればそれを発見するのはそれほど難しくはない。」

、、、と述べています。

よく証券不祥事では、会計処理の不適切さに焦点が絞られ、それに伴い必ず被害者が文句を言い出します。

「ウソの数字なら買わなかった」と云々。

しかし、私自身の経験ですが、過去10年分の各種数字を並べると、怪しいところは見えてくるものです。何もヒット商品が出ていないのに、数字だけは改善されているなどなど、多くの疑問と謎が湧き出ます。

数字だけの正確さが保証されても、われわれ投資家にとっては仕方のないことです。要はどう見るか、です。

さて、データの不正解さよりも問題なのが、「将来」についてです。やはり、どのような投資家であれ、未来にことを性格に言い当てるのは至難の技ということです。

グレアムは、変に未来を当てていくよりも、本質的に安定した業種をこそ狙うべきだという風なニュアンスをほのめかしています。バフェットの真髄もここからか?と思いました。分析できるものを、買うということですね。

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さて、有効な分析のための3番目の障害に、グレアムは「市場」をあげています。

「証券アナリストの主な役割は、相場の動きとはほとんどまたは全く関係がなかった」時代は、もう1934年度の時点で終わったと述べます。

市場に参加する者は、どうしても「市場性」と無関係にはおれないといっています。最終的に、投資の結果は市場の価値で測られる以上、注意は払わなければいけない、と述べています。

これはわれわれ投資家にとっても当てはまりますが、グレアムはアナリストの前提に、、、

「1、証券の時下はその本質的価値からは常に乖離している。」

「2、時価と本質的価値との乖離は自立的に守勢される傾向がある。」

、、、ゆえにその仕事があると述べます。

「株価とは、その株価を売れる値段であり、それ以外の何物でもない」と、最後に締めくくっています。

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