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1928年から1929年にいたって、投資銀行のモラルは崩壊した、とグレアムは述べます。
これまで名声のある投資銀行は、自分の利益と顧客の利益の双方を守るという、難しい課題を何とかこなしてきた。しかし、この年にいたり、リスクの大きい証券が、投資家に大量に売られるようになったのです。
モラル崩壊の原因は、この言葉に集約されていると思います。
「どんな証券でも売れる!」(売れた!)
これこそまさに、証券投資における熱狂の真理かと思います。どんな会社の株式でも、どんな高値であっても、売り買いされるのが証券市場。どんな粗悪な商品でも売れたのです、つまり買い手がいたのです。
そして、グレアムはこういいます。「。。。安全な投資対象となる証券が不足していた。。。」「。。。そして有利な投資対象を求める資金は記録的な水準に達していた。。。」と。
つまり、良品は少なく、悪品が氾濫、そして悪品であっても多くの投資家が争って「悪品」でさえ買っていたということです。
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バブルの崩壊したとき、必ずスケープゴート(いけにえ)がつくられます。
よく目玉にされるのは、証券会社や銀行ですが、コレを読むといた仕方のないものだと思います。商売人として、売れるんなら売ります。そして、買い手となる投資家が争って「買いたい!買いたい!」というのですから、売るに決まっています。
ここで、自分の良心に従って粗悪品を売らない、という人はないことでしょう。粗悪品でも争って買う人がいるのです、ニコニコして。
バブルというのは、出来上がるべくして出来上がり、そして同じような結末を迎え、いけにえが捧げられ、祭りは収束するのだ、と思いました。できること、それは祭りに参加しないことです。盆踊りだけで十分。
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さて、「失った信頼の回復」から、凄くよい文章を転記したく思います。
「。。。しかし、これまでの経験によれば、投資銀行に対する一般投資家のこのような批判的な態度が、このままずっと続く事はないだろう。この次の上昇相場までに豊富な投資資金が集まれば、これまでもそうだったように、一般投資家は投資銀行が彼らに犯した罪を赦すかまたは忘れてしまうものだ。。。」
31年度に書かれた証券分析の文章がそっくりそのまま、21世紀の現在にでも当てはまっています。証券投資の変わらない真理がここに提示されています。
歴史は繰り返す。結局、みな忘れるのです。そして再度、熱狂は訪れるのです。次はうまくやればよい、それだけの話なのですな。バブルは必ずくると確信したものです。
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グレアムは、投資原則の確かな知識が、一般投資家にとってもこれまで以上に求められている、と述べています。
なぜか?
「(企業が、)事実を公表する義務さえ守れば、あとはすべて投資家の責任である」からです。
グレアムの言の背景には、証券法が制定されたことがあります。新規証券には、情報の提供が義務付けられ、虚偽の記述が罰せられるようになりました。そしてこの情報開示にて重要なのは、「ありのままの事実」さえ提供すればよい、ということ。
「事実であればよい」ということです。その会社が殆ど利益を上げず、単にばら色の将来しかないときであっても、現時点での事実さえ述べておけばよいということ。どんなクソ企業でも。いわば、言ったモン勝ち。
情報公開があれば、情報にかこつけてわけのワカラナイ企業が雨後タケノコのようにでてくるのです。いい得て妙だなあと思いました。
「多くの投機的な株式が発行されているという事実をよく見てもわかる」
グレアムはこういって、節を〆ています。 |